大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)670号 判決 1982年8月04日

昭和五六年(ネ)第六七〇号事件控訴人・

樋口和夫

昭和五六年(ネ)第六八二号事件被控訴人(原告)

ほか三名

昭和五六年(ネ)第六七〇号事件被控訴人・

山口忠一

昭和五六年(ネ)第六八二号事件控訴人(被告)

主文

一  一審原告らの本件各控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告は一審原告樋口和夫に対し金七二万八三五五円及びうち金六六万二三五五円に対する昭和五一年八月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、一審原告樋口猛に対し金三二万五二〇〇円及びうち金二九万五二〇〇円に対する昭和五一年八月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、一審原告田中勇に対し金四一万一〇〇〇円及びうち金三七万四〇〇〇円に対する昭和五一年八月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、一審原告末武哲男に対し金一八万三〇〇〇円及びうち金一六万七〇〇〇円に対する昭和五一年八月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  一審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  一審被告の本件控訴を棄却する。

三  第一審における訴訟費用及び一審原告らの控訴によつて生じた費用は、一審原告樋口猛、同末武哲夫と一審被告との間においては一審被告の負担とし、一審原告樋口和夫、同田中勇と一審被告との間においては同一審原告両名について生じた費用を三分しその二を一審被告の負担とし、その余の費用は各自の負担とし、一審被告の控訴によつて生じた費用は一審被告の負担とする。

四  この判決は一審原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

一審原告らは、第六八二号事件につき「原判決を次のとおり変更する。一審被告は一審原告樋口和夫に対し金一〇八万五九五〇円、一審原告樋口猛に対し金三二万五二〇〇円、一審原告田中勇に対し金六二万五九六一円、一審原告末武哲男に対し金一八万三〇〇〇円及びこれらに対する昭和五一年八月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、第六七〇号事件につき「一審被告の控訴を棄却する。」との判決を求めた。

一審被告は、第六七〇号事件につき「原判決中一審被告敗訴部分を取消す。一審原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。」との判決を求め、第六八二号事件につき「一審原告らの本件控訴をいずれも棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり補足するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一  一審原告らの補足主張

本件衝突事故は、一審被告の前方不注視による一方的過失によつて発生したものであつて、一審原告ら側にはなんら過失はない。

二  当審における新たな立証〔略〕

理由

一  一審被告が、昭和五一年八月二九日午後三時三〇分ころ、遊漁船「第一一信鵬丸」(船体の長さ一〇・五メートル)(以下単に「信鵬丸」という。)を操縦して、平戸市度島町横島灯台より東方約四五〇メートル付近の海上を北東に向け約一七ノツトで航行中、自船を漁船「幸神丸」(総屯数一・二屯)の左舷船首部に衝突させ、同船を破壊するとともに、衝突の衝撃により同船に乗船していた一審原告田中勇、同末武哲男を船上に転倒させたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四ないし第六号証によれば、右事故の結果一審原告田中勇が脳挫創(右後頭部打撲)兼左肘部打撲症、一審原告末武哲男が左腰部右足関節部右上膊部打撲擦過傷の傷害をそれぞれ負つたことが認められ、これに反する証拠はない。

二  次に衝突に至る経緯について検討するに、右争いのない事実と成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第八号証、第一〇ないし第一五号証、乙第一ないし第九号証ならびに原審における一審原告樋口猛、同田中勇、同末武哲男及び一審被告の各本人尋問の結果、原審(第一回)及び当審における一審原告樋口和夫本人尋問の結果(ただし、甲第一三ないし第一五号証、乙第四号証及び一審被告本人尋問の結果中後記採用しない部分を除く)を綜合すれば、

1  一審被告は、船長として信鵬丸を使用して釣客の瀬渡を行つていたものであるが、昭和五一年八月二九日午後三時二〇分ころ、島に上陸させていた釣客を迎えに行くため、平戸市田の浦の湾内を出航し北方に向い、同二六分ころ横島燈台南微西二分の一西約二〇〇〇メートルの地点において進路を北東微北に定め約一七ノツトで進行し、同二九分ころ同燈台南東四分の一東約六〇〇メートルの地点に達した際、船首の半点(一点は一一度一五分すなわち九〇度の八分の一にあたる。)程右方の前方約五〇〇メートルの位置に左舷を見せている幸神丸を発見した。一審被告は同船の動静を十分に確かめることなく、漫然と同船が航走しているものと判断し、自船が同一針路のまま進行を続けても間もなく同船が自船の前路をかわつて行き、したがつて、同船と衝突する危険はないものと速断し、同船の動静に全く注意を払うことなく漫然と俯きの姿勢で煙草に火を付けるなどして進行を続け、同三〇分ころようやく自船船首真近に幸神丸のマストが重つて見えていることに気付き始めて危険を感じ、機関遠隔操縦装置のクラツチレバーを中立の位置にしたものの及ばず、自船船首が幸神丸船首部左舷側に船首から五点半の角度で衝突した。

2  一審原告樋口和夫は、船長として、木造一本釣漁船である幸神丸を操縦し、息子である一審原告樋口猛、知人である一審原告田中勇、同末武哲男の三名を乗船させて、同日午前七時ころ長崎県北松浦郡鹿町町大屋漁港を出港して、白岳瀬戸の度島側に出漁し、最初大田崎付近の海上で東流れの潮流に乗り漂流を繰返して魚釣りを行い、同日午後一時ころ同瀬戸の潮流が逆流になつたので、釣り場を肥前横島燈台東方の海上に移し、西流約一ノツトの潮流に乗り漂流して魚釣りを開始し、午後三時二〇分ころ同燈台東側一五〇メートルの地点まで流された後、東方に潮上り航走して同二六分ころ同燈台東方約八〇〇メートルの地点に達したので再び西方に向首して漂流するべく、右舵をとつて右回頭を開始するとともに機関を停止運転にし、船首がほぼ南西微南に向いていたときほぼ正船首二〇〇〇メートル程の地点に船首を自船の方に向けて進行して来る信鵬丸を認めたが、遠距離にあるので同船側において進路を変更して自船を避けるものと考え、同船に対する見張をせず惰力で徐々に右転しながら一審原告末武に依頼してシー・アンカーを投入させ、他の乗組員に一本釣を行うよう指示し、自らも機関のスイツチを切つて釣りの用意にとりかかつた。同二九分過ころ、船首が横島燈台方向を向いてほぼ停止していたとき、乗組員の一人から信鵬丸がなお接近して来ることを注意されて、同船が左舷船首五点半の方向二〇〇メートル程に迫つているのを認め、衝突の危険を感じ、他の乗員とともに大声を上げて同船に呼びかけたが及ばず、そのまま前示のとおり衝突した。

3  本件衝突事故発生海域付近では、屡々高速船が航行している。

4  当日の天候は晴で、波穏かであり、しかも視界も良好であつた。

5  一審被告は、本件衝突事故について刑事訴追を受け、業務上過失往来危険及び業務上過失傷害の各罪により罰金八万円の刑に処せられた。一方、一審原告樋口和夫は本件事故について特段の刑事上の責任を問われなかつた。

しかし、一審被告及び一審原告樋口和夫は、ともに長崎地方海難審判庁において戒告の裁決を受けた。

以上のとおり認められ、甲第一三ないし第一五号証、乙第四号証及び原審における一審被告本人の供述中右認定に反する部分は採用し難く、他にこれを左右するに足る証拠はない。

右認定の本件事故発生に至る経過に照らし、信鵬丸及び幸神丸の各船長であつた一審被告及び一審原告樋口和夫について、それぞれ船舶の航行上過失があつたか否かについて考える。

先ず、右認定事実に照らし、両船の相互関係について考えるに、信鵬丸側において幸神丸を前方約五〇〇メートルの地点に認めたときには、同船は既に船首をほぼ横島燈台方向に向け終り、西流約一ノツトの潮流に乗つて西方に漂流していたのであり、一方、信鵬丸は北進していたのであるから、両船の昭和五二年法律第六二号による改正前の海上衝突予防法一八条にいわゆる「行き会い船」に当るものではなく、同法一九条にいわゆる「横切り船」に当るものと考えるのが相当である。そうだとすると、「他の船舶を右舷側に見る船舶」に当る信鵬丸側において幸神丸の進路を避けて航行すべき義務があつたというべきである。他方、同法二一条によれば、いわゆる「保持船」である幸神丸側にも衝突回避義務が課せられていることが明らかである。

右各船に課せられた義務に則り、各船の船長である一審被告及び一審原告樋口和夫の注意義務の懈怠につき考察する。一審被告は、一七ノツト(時速約三〇キロメートル)の高速で航行していたのであるから、進路前方約五〇〇メートルの地点に幸神丸を認めた際、同船との衝突を回避するため、同船の動静を十分に注視し、同船の進行に応じ適切な操舵をなすべきであり、もし、一審被告が右措置を講じておれば、同船が潮流に乗つて西方に漂流中であることを発見し、適切な操舵により自船の進路を変更して幸神丸との衝突を回避することができたものと認められる。しかるに、一審被告においては、同船発見後その動静に注視することなく、漫然俯きの姿勢で煙草の火をつけるなどして右措置を講ずることなく進行し、その結果本件衝突事故となつたのであるから、一審被告は過失により本件衝突事故を発生させたものというべきであり、民法七〇九条により右事故により発生した損害を賠償すべき責任がある。他方、一審原告樋口和夫は、横島燈台東方約八〇〇メートルの地点に達し、船首を西に向けるため右舵をとつて右回頭を開始し機関を停止運転にし、船首がほぼ南西微南に向いたとき、ほぼ正船首二〇〇〇メートル程の地点に船首を自船の方に向けて進行して来る信鵬丸を認めたが、同海域は高速船が屡々航行する場所であつたのであるから、かような位置で停船漂流を開始する場合には、その意図を相手船の信鵬丸に明確に覚知させるか、そうでなければ同船の速度及び進路に注意しその動向次第では自ら安全な位置に移動し得るようシー・アンカーの投入をひかえ機関のスイツチを切らずにおくべきであり、もし一審原告樋口和夫が右措置を講じておれば、信鵬丸をして適切な避譲行動をとらせ、又は同船が自船に針路を向けたまま高速度で接近して来るのに早期に気付き自ら信鵬丸の進路から離脱するなどして、同船との衝突を回避することができたものと認められる。しかるに、同一審原告においては、同船発見後漫然相手船側において進路を変更して自船を回避して進行するものと速断し、一本釣りにとりかかるべくシー・アンカーを入れ機関のスイツチを切つてしまつた結果本件衝突事故となつたのであるから、本件事故発生につき同一審原告にも全く過失がなかつたとはいえない。しかし、同一審原告の操縦する幸神丸は小型木造の漁船でそれ自体漁撈に適した水域ではいつでも停船する可能性をもつものであるのに対し、一審被告の操縦する信鵬丸は本来高速船であつて高速で航走する際は進路前方を十分注視し他船に危険を及ぼすことのないようその動向に高度の注意を払うべき立場にあるばかりでなく、海上衝突予防法上も幸神丸の進路を避けなければならぬ位置関係にあつたことは前認定のとおりであるから、その過失割合は一審被告が九割、一審原告樋口和夫が一割とするのが相当である。

しかしながら、前顕甲第一〇、第一一号証、原審における一審原告樋口和夫(第一回)、同樋口猛、同田中勇、同末武哲男の各本人尋問の結果によれば、一審原告樋口猛、同田中勇、同末武哲男の三名は、いずれも一本釣りに従事するため幸神丸に乗組んでいたに過ぎないものと認められ、本件全立証によるも右一審原告ら三名が同船の操船上特段の注意義務を負わされる地位にあつたものとは認め難いから、本件事故発生回避義務を有していたものということはできず、したがつて、本件事故発生につき過失があるとは認められない。もつとも、一審原告末武は、本件事故直前に船長である一審原告樋口和夫の依頼によりシー・アンカー投入を行つていたことは前判示のとおりであるが、これをもつて一審原告末武に対し本件事故発生防止義務を負わせる事由とはなし難い。

また、一審原告樋口猛、同田中、同末武各本人尋問の結果によつて認められる同人らと一審原告樋口和夫との身分関係交友関係等を考慮しても、なお同一審原告の前記過失をもつて、にわかにその余の一審原告らの過失と同視して過失相殺をなすべき事情があるということはできない。

三  次に一審原告らの各損害について検討する。

1  一審原告樋口和夫の損害

(一)  幸神丸 金四〇万円

前顕甲第二号証及び原審における一審原告樋口和夫本人尋問の結果(第一回)によれば、本件衝突事故により幸神丸はその船首部を切断されて修理不能となり、廃船とするほかなくなつたことが認められ、これに反する証拠はない。同本人尋問の結果及び原審証人森秀助の証言とこれにより成立を認める甲第一六号証によれば、幸神丸は昭和四二年一〇月六日建造の総トン数一・二トン、九馬力ジーゼルエンジン備付の木造船であること、一般に保険契約締結の際には木造船の耐用年数は六年とされていて同船は本件事故当時既に右耐用年数を経過していたが、その保守ないし手入れの状況は良好で十分使用に耐えるものであつたこと、一審原告樋口和夫は昭和五一年中頃同船を友人吉浦春男から譲り受けたものであるが、代金は友人のよしみで特に安価な金三〇万円として貰つたことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。しかして、右認定事実に成立に争いのない甲第三一号証を併せ考えれば、本件事故当時における同船の価格は金四〇万円と評価するのが相当であると認められ、これに反する甲第一六号証、乙第一〇号証、第一七、第一八号証ならびに原審及び当審(第一回)における一審被告本人尋問の結果は採用し難く、他にこれを覆すに足る証拠はない。

したがつて、一審原告樋口和夫は、幸神丸が破損し廃船とせざるをえなくなつたことにより金四〇万円の損害を被つたというべきである。

なお、一審被告は、当審における本人尋問(第一回)中において、本件事故後速かに幸神丸から同備付のジーゼルエンジン、プロペラシヤフト、舵を取外して適切な保存措置を講ずれば、いずれも他船に付けかえて再使用が可能であつたに拘らず、一審原告樋口和夫において右措置を怠つた結果同船が完全に水没して右エンジン等が再使用不能となつた旨供述するけれども、右供述部分は当審における一審原告樋口和夫本人尋問の結果に照らして採用することができない。

(二)  その余の財産上の損害 金三三万五九五〇円

当裁判所は、一審原告樋口和夫が幸神丸に積載していた漁具等を流失、破損したこと及び同船の廃船処理費用の出捐により合計金三三万五九五〇円の損害を被つたものと認定判断するものであり、その理由は右の点に関する原判決理由中の説示(原判決一二枚目裏末行から一三枚目表七行目まで)と同一であるからこれを引用する。乙第一四号証、第一六号証及び当審における一審被告本人尋問の結果(第一回)をもつてしても右認定判断を覆すに足りず、他にこれを左右するに足る証拠はない。

(三)  以上の損害合計額は金七三万五九五〇円となるところ、前示のとおり一審原告樋口和夫の過失を斟酌し一割の過失相殺をなすのを相当とするから、同一審原告において請求しうべき損害額は金六六万二三五五円となる。

2  一審原告樋口猛の損害 金二九万五二〇〇円

当裁判所は、本件事故により一審原告樋口猛が幸神丸に積載していた漁具等を流出、破損したことにより合計金二九万五二〇〇円の損害を被つたものと認定判断するものであり、その理由はこの点に関する原判決理由中の説示(原判決一三枚目表一一行目から同裏五行目まで)と同一であるから、これを引用する。乙第一四号証、第一六号証及び当審における一審被告本人尋問の結果(第一回)をもつてしても右認定判断を覆すに足りず、他にこれを左右すべき証拠はない。

3  一審原告田中の損害 金三七万四〇〇〇円

(一)  入院付添費 金五万七五〇〇円

一審原告田中が本件事故により脳挫創(右後頭部打撲)兼左肘部打撲の傷害を負つたことは前示のとおりであるところ、原審における一審原告田中勇本人尋問の結果とこれにより成立を認める甲第二四号証及び成立に争いのない甲第七号証ならびに原審証人山口千代子の証言によれば、同一審原告は右受傷により昭和五一年八月二九日から同年九月二一日まで平戸市内の桑原外科において入院治療を受けその間同月二〇日長崎労災病院において脳波検査を受けたが異常所見なく、特段の後遺障害も認められず、軽快退院し、同月二七日桑原外科に通院して治療を受けて、治療を終了したこと、右入院期間中の八月三〇日から九月二一日まで二三日間同一審原告の妻が一審被告の母親とともに付添看護に当つたことが認められるから、同一審原告の妻による付添費用として少くとも一日金二五〇〇円の割合による合計金五万七五〇〇円の損害を生じたものと認めるのが相当である。

(二)  入院雑費 金一万二〇〇〇円

一審原告田中は、右入院治療に伴い、入院諸雑費として少くとも一日金五〇〇円の割合による合計金一万二〇〇〇円の損害を被つたものと認められる。

(三)  治療費について

一審原告田中は、本件受傷に伴い治療費として金一〇万五八六一円の損害を生じた旨主張するので、検討する。

原審における一審原告田中勇本人尋問の結果とこれにより成立を認める甲第二一号証(鹿町町長作成部分の成立については当事者間に争いがない)及び原審証人山口千代子の証言によれば、一審原告田中は本件受傷に伴う治療費のうち金一〇万五八六一円分については国民健康保険による保険給付を受け、その余の個人負担分については加害者である一審被告の出捐によつて支払を済ませていることが認められるところ、右保険給付分金一〇万五八六一円を自己の損害であるとして本訴において請求しているものである。しかし、国民健康保険法六四条一項によれば、給付原因が第三者の行為によつて生じた場合に、保険者が保険給付を行つたときは、その給付の価額の限度において、被保険者が第三者に対して有する損害賠償請求権は保険者に移転することとなるのであるから、同保険の被保険者である一審原告田中は、右保険給付を受けた治療費金一〇万五八六一円についてはもはや一審被告に対する損害賠償請求権を有しないものというほかなく、したがつて、一審原告田中の右治療費の請求は失当である。

(四)  逸失利益 金三万円

成立に争いのない乙第一二号証及び原審における一審原告田中勇本人尋問の結果によれば、一審原告田中は、本件事故当時満六九歳に達し、既に退職していて定職につき定収をえていたものではないが、自家において植林の下払い、農業の手伝い程度の業務には従事していたことが認められるから、本件受傷による一か月間の逸失利益は少くとも金三万円を下らないものと認めるのが相当である。

(五)  慰藉料 金二五万円

本件事故の態様、受傷の程度その他諸般の事情を斟酌し、一審原告田中が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は金二五万円を下らないものと認める。

(六)  物損 金二万四五〇〇円

原審における一審原告田中勇本人尋問の結果とこれにより成立を認める甲第二二、第二三号証によれば、一審原告田中は本件事故によりその所有の釣具、雨具類を流失し、その結果合計金二万四五〇〇円の損害を被つたものと認められ、乙第四号証及び当審における一審被告本人尋問の結果(第一回)中右認定に反する部分は採用し難く、他にこれを左右すべき証拠はない。

(七)  以上、一審原告田中の損害合計額は金三七万四〇〇〇円となる。

4  一審原告末武の損害

(一)  逸失利益 金三万二〇〇〇円

前示のとおり本件事故により一審原告末武が左腰部右足関節部右上膊部打撲擦過傷の傷害を被つたところ、原審における一審原告末武哲男本人尋問の結果とこれにより成立を認める甲第二五、第二六号証及び成立に争いのない甲第二九号証によれば、一審原告末武は、本件受傷により昭和五一年八月二九日から翌三〇日夕刻まで平戸市内の桑原外科に入院し、同三〇日から同年九月一九日まで長崎県北松浦郡江迎町所在の村山医院に通院して治療を受け治癒したこと、同一審原告は、本件事故当時、新北松衛生社に自動車運転手として勤務し、一日金四八〇〇円の割合による日給等の支給を受けていたものであるが、右受傷により同年八月三〇日から九月五日までの間に合計五日間休業したため、日給不受給分及び満勤手当の減額分合計金三万二〇〇〇円の減収を生じたことが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  慰藉料 金一〇万円

本件事故の態様、受傷の程度その他諸般の事情を斟酌し、一審原告末武が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇万円が相当であると認める。

(三)  物損 金三万五〇〇〇円

原審における一審原告末武哲男本人尋問の結果とこれにより成立を認める甲第二七、第二八号証によれば、一審原告末武は、本件事故によりその所有にかかる釣具、雨具、クーラーを流失し、その結果合計金三万五〇〇〇円の損害を被つたことが認められ、乙第一四号証及び当審における一審被告本人尋問の結果(第一回)中右認定に反する部分は採用し難く、他にこれを左右するに足る証拠はない。

(四)  以上、一審原告末武の損害合計額は金一六万七〇〇〇円となる。

四  弁護士費用

一審原告らは、自己の権利擁護のため弁護士に委任して本件損害賠償請求訴訟を提起・追行しているものであり、したがつて、弁護士費用として一、二審を通じ相当額の出捐を余儀なくされるものと認められるから、事実の難易・請求額・認容された額その他諸般の事情を勘案し、弁護士費用のうち少くとも一審原告樋口和夫については金六万六〇〇〇円、一審原告樋口猛については金三万円、一審原告田中については金三万七〇〇〇円、一審原告末武については金一万六〇〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。

五  以上のとおりであるから、一審被告は、本件損害の賠償として、一審原告樋口和夫に対し前記過失相殺後の賠償すべき額と弁護士費用との合計額である金七二万八三五五円及びうち弁護士費用を除いた金六六万二三五五円に対する本件事故発生の日である昭和五一年八月二九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、一審原告樋口猛に対し前記損害合計額と弁護士費用の合計額である金三二万五二〇〇円及び弁護士費用を除いた金二九万五二〇〇円に対する右昭和五一年八月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金を、一審原告田中に対し前記損害合計額と弁護士費用の合計額である金四一万一〇〇〇円及び弁護士費用を除く金三七万四〇〇〇円に対する右昭和五一年八月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金を、一審原告末武に対し前記損害合計額と弁護士費用の合計額である金一八万三〇〇〇円及び弁護士費用を除く金一六万七〇〇〇円に対する右昭和五一年八月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務がある。

六  そうすると、一審原告らの本訴各請求は、右の支払を求める限度においてのみ理由があり、その余は失当として棄却すべきである。よつて、一審原告らの本件各控訴は一部理由があるから原判決を主文第一項のとおり変更し、一審被告の本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、九三条一項、九五条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 蓑田速夫 金澤英一 吉村俊一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例